自己表現ぶろぐ

会社では冴えない社会人が、ネット弁慶になるためのブログ。好きなものや興味のあるものの感想を、ちまちま書きます。

【音楽】ARABAKI2019に行ってきました

稀代の10連休がやってくる。

別にいつも通りの休日ライフを過ごしても良いのだが、それではいささか時間が余りすぎる気がした私は、急かされるように情報収集を開始した。

 

いろいろなイベント情報が、まるで雪崩のように手元で荒れ狂う。

何が決め手になったのだろう、私はずっと前からあるアーティストを生で見たいと思っていたことに気が付いた。

決断は一瞬だった。友人に即連絡をし、快い返事をもらうとすぐさま旅行のチケットを模索する。連休ということもあり、新幹線とホテルとのセットになったプランはなかなか手ごろな値段で目の前に現れない。

しかし、世の中何とかなるものである。とある旅行サイトでおあつらえ向きなプランを見つけると、反射的に飛びついて予約を勝ち取った。

「行くぜ、ARABAKI」である。

 

当日は4時起きだった。もはや漁港である。

余り物のクルミパンで腹ごしらえをすると、颯爽と家を飛び出す。

手抜きの雨がぬるく顔を濡らすなかを走って始発の電車に乗り、段々と夜が明けていくのを車内から見ていた。

東京駅で友人と合流し、仙台までの2時間を喋りながら過ごす。これがまた丁度良い。

 

仙台に着いても雨はまだ降っていた。シャトルバス乗り場を探す。

ただ、ここで異変に気が付く。「シャトルバスのチケット買ってなくない・・・?」

そう、ARABAKIではシャトルバスに乗るためにもチケットが必要だったのだ。ローソンではチケット販売が終了しており、泣く泣くタクシーで行くことに。

「みちのく公園までお願いします」というざっくりした注文を投げて、車は走り出す。

車中も友人といろいろ話しながら過ごした。途中で渋滞に引っかかりつつもみちのく公園であろう場所の前に降り立つ。結局、そこから数十分会場まで歩いたのだが、なんとか我々は目的地にたどり着いた。友人は「これが最後のARABAKIだから楽しもうぜ!」と、開口一番に我々の不手際の影響を感じさせるライムをぶちまける。ともあれ祭典の始まりである。

 

最初は広い会場内を散策することから始めた。

どうやら、端から端まで30分は移動時間がかかるらしい。しかし、場所の広さゆえか色とりどりの露店が視界を賑わせる。

ジーマと生で乾杯をして、互いに初見だったLUCKYTAPESを見に行く。

彼らはコーラスにパーカッション、ホーン隊を従えた編成でノリの良い陽気でイカした音楽を届けてくれた。この日が晴天であれば言うことなしだっただろう。

期待を裏切らないアクトで、おそらくどのフェスでも重宝されるだろうなという安定感を披露してくれた。どの曲もお洒落感が漂ってきて、時間が経っても付き合っていける実力があるように思える。また会いましょう。

 

その後、チャラン・ポ・ランタン竹ピ竹原ピストル)を見に行くか問答があったが、Creepy Nutsを途中まで見てその後に女王蜂を見ることで落ち着いた。

Creepy Nutsはリハが長引かないため、本番前からガンガン飛ばして観客を掴んでいた。リハ中は移動していたために聴けなかったが、おそらく聖徳太子ラップを披露したものと思われる。(おそらくそんな盛り上がりだったので)

実力は両名折り紙付きで、フリースタイルダンジョンの盛り上がりと共に新たなヒップホップ文化を牽引している感が伝わってきた。楽曲もノリの良いものが多く、軽々プチョヘンザしてしまう。ここまでフェスに出るのも頷ける。あと、MC上手すぎる。

 

そして、良い雰囲気を持ったまま女王蜂へと移動する。友人の見立てではそこまで混んでないだろう、とのこと。

だが、会場は予想以上に混雑をしていた。良い意味で期待を裏切られる。

初めて見たのだが、演奏が格好良い。そして、それ以上にアヴちゃんが強烈だった。

野球で言う江夏、サッカーで言うマラドーナ、一人いるだけで全てを手中に収めてしまう存在感。生活感が全くないという非日常さも魅力の一つである。

楽曲だと「デスコ」が大変盛り上がっていた記憶があるが、前のお兄ちゃんがずーーーーーーーーっとノリノリだったのが微笑ましくも羨ましかった。ファンの鑑である。

 

さて、女王蜂の後はサンボマスターである。友人の知り合い全員が「ライブが良い」と言っているらしいので、期待が高まる。

始まってみると有名楽曲の応酬だった。それに応じるように、ボーカル山口さんの煽りがより会場の温度を上げていく。最初はツンツンしていた煽りが、徐々にデレていくのが最高で、不覚にもおじさんにキュンとしてしまった。恐るべし。

ライブ終盤には、自己肯定感の塊と化している自分に気が付いた。「あぁ、サンボのライブが良いって言う気持ちが身体で理解できた・・・・」としみじみしてしまう。

後から知ったことだが、当日は女優・のんちゃんも会場にいたらしく、最高すぎんだろうと二度震えたことは言うまでもない。

 

その後、唐揚げを食べながらZAZEN BOYSを遠くから聴き、その後の予定を考えた。

超絶技巧を駆使した楽曲と向井秀徳のシャウトが食欲を刺激する。

生「This is 向井秀徳」も聴けて、気分もぶち上げのままeastern youthに突撃する。

 

eastern youthも初見だったが、かなり格好良かった。それに、世代だったファンの方たちがノリノリで会場の雰囲気を作っていたのも良かった。

途中で寒さからトイレに立ってしまったのが惜しまれるが、武骨なロックが身に染みた。ボーカルの吉野さんのような格好良いおじさんがこの日は多すぎた。最高である。

 

お次はTHE BAWDIESを見た。「きっと好きだよ」と友人に勧められ見たのだが、もちろん好きでした。どこか懐かしくアップテンポな楽曲がモロハマり。ボーカルのイケメン具合など度外視で音楽を好きになってしまった。こういう出会いがあるからフェスはやめられない。

途中、「HOT DOG」の導入でマーマレード・ボーイの主題歌が流れたのだが、「ケンコバやん」と連呼しながら移動。お目当ての中村佳穂さんを見に行く。

 

ステージは簡潔だった。小さいといってよかっただろう。

それでも、お客さんがたくさん詰めかけていた。ひいき目有り無し関わらず明らかにキャパを超えていた。

ご本人が登場する。すると、即興で「前の方に空いてるよ」と歌いだす。最高である。ああ、この人を見に来て良かったと感じた。まだ何にも持ち歌を歌っていないのに、この人にはそんなこと関係ないんだな、と直感を覚える。

そこからは、もうずっと最高だった。語彙など関係ない。音楽が人々を包んで、彼女のピアノが歌いだし、歌声が温かいスープになって東北の夜に集まった人々の胸に染みていく。こんな素敵な空間を評論するくらいに野暮なことはないくらいだった。

出番は本当にあっという間。短いとは思ったが、充実感がそれを補って余りあった。

 

最高の締めを終えて、私たちはホテルへの帰路へとついた。

その後、いろいろと酒を飲み飲み話し合ったり、翌日に野球観戦をしたりと充実した時間を過ごすことができたと思う。久々のフェス、久々の東北は良い思い出で幕を閉じた。

 

その後、別の中村佳穂さんが出るフェスのチケットを買った。

平成もそうだったが、令和も最高な時代になることを確信させる。

そして私は今日、ラブサマちゃんのライブに行って平成を終えてくる。

音楽づくしの元号変遷に、幸せをかみしめながら行こう。皆々様も良い令和を。

【生活】あなたは十分よくやっている

「あなたはよくやっているよ」

「いつもありがとうね」

 

このような言葉をかけてくれる人が、あなたの周りにはいるだろうか。

もちろん、いるに越したことは無いのだが、いなくても大丈夫である。

というのも、このような自分を肯定する言葉というものは、自分で暗示のようにかけることでも効果があるという。

つまり、自分自身を味方につけることで、自己肯定感というものは低くなりすぎることはない、ということなのかもしれない。

 

さて、そんなアプローチもあるのだが、自己肯定感に関して実は私、最近凄いことに気が付いてしまったのだ。

それは、「私とNPBの1軍成績で、全く同じ勝ち星のプロ野球選手がいる」という事実である。それもピッチャーで、だ。

 

そんなことってあるのだろうか?

 

私も最初は疑問に思った。だって、相手はプロ野球なのだから。

しかも、これは2軍で芽が出なかった1軍未出場の選手の話をしているのではない。

れっきとした1軍出場経験のある選手の話なのだ。これは凄いことである。

 

まずは私のNPB成績から発表しよう。

負け数は0で、勝ち星は0である。

注目の登板数も0。

ついでに言うと、プロ野球の経験は1秒もない。プロ野球選手になろうと思ったこともない。ファンだから。

 

意外に、このような成績の方は多いのではないだろうか。

けれども大丈夫。これと同じ勝ち星のプロ野球選手は現に存在している。

例えば、元広島東洋カープのデビッド・ランドクィスト投手はそうだ。

メジャーリーグ経験があるようだが、NPBに関して言うと勝ち星はゼロ。

現役時代のストレートの球速は150キロを超えていたようだが、それでも私たちとおんなじなのである。変化球もいくつか投げられたようである。それでも、多くの私たちと同じところに彼はいる。こんな愛さずにいられない選手がいるだろうか?(いや、いない)

 

また、元ダイエーホークスのヘクター・メルカド投手にも注目したい。

彼は凄い。メジャーリーグではなんと勝ち星を挙げており、複数年リリーフとして活躍した実績がある選手だ。もちろん、NPBでの勝ち星は0である。

そんな彼は、私たちに勝ち星以上のメッセージを与えてくれている。

それは、「私たちはみな平等(0)であると同時に、無限の可能性を秘めている」といったところであろうか。

というのも、彼のNPBでの防御率というと、なんと無限大。

そう、無限大なのだ。無限大って実在するのである。関ジャニ∞とか、ヨシモト∞ホールとかでしか見ない文字列は、彼によって確かに体現されていたのだ。

 

プロ野球選手を2人を挙げただけなのに、なぜだか元気をもらっている自分がいる。肯定感を覚えている自分がいる。「いても良いんだ」と安心している自分がいる・・・・。

これは決してダメ助っ人外国人を列挙して笑い飛ばすという下世話な記事ではない。

というのも、彼らは一生懸命やった結果、残念ながら成績を残せなかったまでで、チームへ故意に損害を与えたわけではない。そして、人間誰しも、そういう瞬間や時期というのは訪れるものであるからだ。

どんなに強みがある人であっても、環境次第、あるいはいろいろな要因次第で成績を残せなかったり、上手くいかないもの。

しかし、それでも生きていくのである。未来が広がっているのである。それを、彼らの数字が教えてくれるのだ。

 

もし今、仕事や何かで上手くいかずに落ち込んでいる人がいたとしても、どうか前を向いてほしい。

150キロを投げられる投手でも、活躍できるかはわからないのが世の中なのである。

活躍の場面は一つではなく、あらゆる分野で挑戦をした結果、150キロよりも凄い武器に出会えることがあるかもしれない。

だから、あなたは十分によくやっているのだ。打ち込む姿勢がひたむきであれば、あなたは悪くない。

そう、明日からもカンバーランtいや、頑張らんといけないね。

べつに頑張らなくても大丈夫。そんな気持ちで行きましょう。

 

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【生活・短歌】楽しい自己弁護

自己弁護、それは悲しい響きである。

 

人は一人だけで生きていけないというのに、あるいは何かをシェアすることがようやく日本でも定着しているという今日この頃に、弁護を自分でしなくてはいけない悲しみ。無念さ。ままよ精神。

それらはきっと、すべからくワケありなのである。世知辛くワケありなのだ。

 

そして、そんなワケありがここにも一人。

何か悪いことをしたはずでもないのに、このような言葉を使うことになろうとは思わなかった。

けれども、弁護をせずにいられない事情がある。このままでは終わらない事情を、少し書いてみる。

 

わたくし、先日歌集を出した。歌集といっても主にプロ野球を詠んだ同人誌であるが。

それで、Twitterにもろもろのハッシュタグを付けて投稿したのだが、友人知人のいいねが3つ(本当にありがたい)付いたものの、短歌界の人々にヒットすることはなかった。

しかし、特に短歌界の人のお墨付きが欲しいわけでもなく、どちらかというとプロ野球が分かる短歌人にハマればいいな~くらいの感じだったのだが、どこからも反応がなかったのである。指名漏れする野球選手ってこんな感じなんだなぁと思うに至る一件だった。

 

だが、下手な私なりに作成を頑張ったので、見知らぬ人とプロ野球の好きさを共有するためにもう少しやってみようと思った。

 

「そうだ、ブログで自己弁護をしてみよう」

 

これでも義務教育を受け終わっているのだ。逆転裁判も3までやった。

相棒も霊能力も逆転の発想もない自分だが、ネットの海に流すお手紙と小瓶くらいは用意できるはず・・・・。

冒頭陳述はこれくらいにして、いよいよ自己弁護スタートである。我が歌集「先発全員短歌」の無在(庫)を勝ち取るために奔走してみるとしよう。

 

イェジーデュデクを詠んだ短歌がある

開幕早々、プロ野球が関係なくなってしまった。

ハライチでいうと初めにオチを持ってくる惨状である。トリビアで言うと0へぇといったところか。

というのも、イェジーデュデクポーランド出身のサッカー選手なのだから。

 

彼といえばUEFAチャンピオンズリーグで見せたPK戦での「ダンス」が生涯語り継がれる名選手だ。

そんな彼を詠んだ歌も、「先発全員短歌」に収録されている。

全サッカーファン、あるいはサッカー歌人に伝えたい1首であるといえる。

それとついでに言えば、他のサッカー選手、バレーボール選手、競走馬を元にした歌もあるので是非注目してほしい。

 

プロ野球で詠む「恋」

今回の歌集では、主にプロ野球の選手名を用いて恋を詠んだ連作も2つ用意されている。

個人的にはそういう短歌を見たことがないのだが(ありそうな気もするけれど)、詠んでみて思ったことといえば、案外プロ野球は生活に合うなぁということか。

1つはなんとなく時系列になっているので、どうかそれも同時に楽しんでもらいたい。あともう1つは、それぞれを繋げてみると何かが見えてくる・・・・?

 

「先発全員」を「短歌」にする

今回の歌集のタイトルである「先発全員短歌」は、元々歌集タイトルに使用するだけのつもりだった。

けれども、文字通りスタメンを詠んでみたら面白そうだったので、印象的だったチームのスタメン10人(DH制かつ先発投手を含むので)を詠んだ連作のタイトルにもした。

有名選手だらけなので、1つ1つをご覧になりながら当時を思い出していただけると幸いである。もしかしたら自称・短歌界初の連作の使い方なのではないかと思う。

 

隠し要素もあり

短歌として成立している(と思いたい)全82首が収録されているのだが、なんと作中には何人か選手が隠されている。その数、11人。イレブンの完成である。

作品としても楽しめ、そして謎解き要素もあるという、一度に二度おいしい作りになっているのである。ぜひ、RPGみたく何周もしていただきたい。

 

ということで自己弁護は終了。これにて閉廷である。

ちなみに、当歌集は一丁前に500円で売りつけている。本当は無償で配りたいものだが、物を作るのにはお金がかかるので仕方がないね。もちろん、興味がある人にしかおすすめしていないので安心してほしい。

この記事をご覧になった方が、ご興味を持って連絡を下さるのを願ってやまない。ぜひ、当記事を証拠に「つきつけるコマンド」を使用したり、「待った!」を投げかけていただきたいものだ。

 

【生活】2018年ベスト女の子ランキング

来年には平成が終わる。

来年には平成が一時代前のものになる。

社会が決めた事柄に、人々は力なく流されていき、とりあえずは目の前の事物に向き合って、気が付けば明日がやってくる。

そうしていつしかの明日に、平成は終わる。仕方のないことなのだ。

 

そうなのであれば、新年へのモラトリアムが今日この大晦日をもって終了するにあたって、精一杯に2018年という平成へ思いを馳せようと思う。

まずは、そんな気持ちに今年もさせて下さったランキング考案者様に感謝を申し上げる。

hugallmyf0128.hatenablog.com

 

ということで、早速やっていこう。さらば平成最後の後半期よ。

 

第10位 今井鈴(演 松坂慶子

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第10位は、今シーズンの連続テレビ小説まんぷく」より、主人公・福子の母、今井鈴(松坂慶子)である。(上の動画では、主人公の交際をなかなか認めようとしなかった)

この今井鈴、もちろん悪い人間ではないのだが、「武士の娘」であることをしきりに吹聴したり、すぐに文句や愚痴を言いだしたりと、何かと厄介な人物であることは間違いない。かと思えば、意外に扱いやすい面もあったりと、そのギャップに今ではすっかり虜となってしまった。

そのギャップに敬意を示し、私は彼女のことを大奥様(クソババア)と呼んでいる。さながら、磯部磯兵衛の母親といったところか。

「大奥様(クソババア)・・・・長生きしろよ♡」

 

第9位 サンヨーホームズCM「三姉妹編」の三女・マキ(演 芦田愛菜

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まんぷく」繋がりになってしまうが、9位には芦田愛菜がランクイン。

いかにもクセがありそうな三姉妹が出てくるこのCMで、三姉妹それぞれを芦田愛菜が好演している。全くもって、三国志以来のバチバチ三つ巴である。

これは完全に好みの問題になってしまうのだが、個人的には眼鏡をかけたマキが好き。知的な感じを漂わせつつ、最後には子供本来の素直なリアクションをしていたりと、バランスが非常に良い。パパ活三連単当てられそう

そんな三続きで彼女を絶賛できるほど、芦田愛菜の演者としての高いレベルを体感できる良CMであった。そんな中でもマキは出色で、芦田愛菜の可能性を感じさせた良いキャラクターだったのではないだろうか。

 

第8位 林田智恵里

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どことなく異国の香りを感じさせる素敵な顔立ちの女性声優。

何がきっかけで知ったのか、どういった活動をしている人なのか、正直なところ何にもわからない。ただ、手元には彼女の名前だけがある。

駆け出しの声優さんだったらしいが、今は何をしているんだろう?

話は変わるが、彼女は「冒険エレキテ島」の主人公・御蔵みくらにそっくりである。実写化の際の主人公候補一番手として、私の中で燦然と輝き続けるだろうな。きっと。

 

第7位 森永千才

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のっけから先頭打者本塁打をぶちかますが如く発せられる、唯一無二の声を持つ女性声優である。

聴けば聴くほどクセになり、聴けば聴くほど可愛い。合う合わないはあるだろうが、私は金田朋子のラジオで慣らした分、声の独特さは全く気にならない。

彼女を知ったのは、私のやっているアプリゲーム「魔法使いと黒猫のウィズ」がきっかけだ。黄昏メアレスシリーズというイベントで、コピシュという役柄で登場したのが森永さんであった。

もちろん、演技の声と地声には差があるだろうと踏んでいた私が、彼女の地声を聴いて椅子からひっくり返ったのは言うまでもない。

そんな驚きもあり、皆々様に知ってほしいとの思いも込めての選出である。ぜひぜひ今後、売れに売れまくってほしいところである。

 

第6位 Eugenie Bouchard

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カナダ出身のプロテニスプレイヤー。

テニスには全く疎い私ではあるが、サッカー・オーストラリア代表のマシュー・ジャーマンが、彼女のツイートをリツイートしたことをきっかけに知ることとなった。

そんな、友達の友達は友達みたいな出会い方をしたわけであるが、彼女はとっても元気で楽しそうな写真の数々を私たちに見せてくれる。

やはり、プロスポーツ選手は健康的なのが一番である。それを地で行っている彼女は、同時に人生をその健康さで目いっぱいに楽しんでいるのだろう。

見るものをハッピーにしてくれる彼女の今後に、私は目が離せない。

 

第5位 ローラ(演 ゴルシフテ・ファラハニ)

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映画「パターソン」より、主人公・パターソンの妻、ローラがランクイン。

ローラはとてもハッピーなお嫁さんで、独特のセンスを劇中で存分に発揮する。そして、パターソンのかけがえのない人でもある。また、彼と一緒に出掛けたり、バザーでお菓子を焼いてふるまったりと、日常をちゃんと楽しめる人でもあるのだ。

 

結局のところ、パターソンは彼女と一緒になって良かったと思う。なぜならば、ローラは非常に協力的だからだ。

生活というのはつまるところ、目的地よりもそれを共にする人物が大事なのではないかと思う。それを、映画「パターソン」は教えてくれている。

主人公・パターソンの毎日はあまり代わり映えのないものではあるが、それを彩る人々が個性を発揮することで、大事な一日へと変貌を遂げていく。

そのなかで、パターソンと一緒に暮らすローラの存在というのはとても大きなものであり、彼女のハッピーで主人公に寄り添う姿勢は、この映画の中でも重要な働きをしているように思えるのだ。

最後に、「パターソン」自体、非常に素晴らしい映画であった。ぜひ機会があれば、ローラの輝きぶりも含めて作品を堪能してもらえれば幸いである。

 

第4位 山辺さん

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最後の方に出てくる山辺さん。

見た時には、普通に女優さんが出ているのかと思いびっくりとした覚えがある。

一般の方なので多くは語らないが、いつまでも健やかでいらしてください。

 

第3位 Tatyana Demyanova

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多分にセクシーすぎるバレーボール選手。

彼女については、私の語学力が無さ過ぎるが故にとんと詳細がわからない。

ただ、おそらくバレーボールをやっている人だというのは何となくわかった次第である。

 

なんというか、彼女の投稿には強さがある。それは、己の才覚を磨き上げたという自負みたいなものを感じるという意味だと思う。

推測ではあるが、彼女の美しさは努力の賜物でもあるのではないだろうか。それは、彼女がアスリートであることからも察しがつくもので、継続力の結晶が形として我々の眼前に届けられているように思えてならないのだ。

まるで、ボディビルダーに見る美しさのような彼女の完璧な美の数々に、言葉は必要ない。そんな圧倒的な美の前に、私はなす術もなくひれ伏すのである。

 

第2位 廣田朋菜

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サニーデイ・サービス「セツナ」のPVより。独特の振り付けを纏ったミステリアスな美女が彼女である。

恥ずかしながら、サニーデイ・サービスのアルバム「Dance To You」を知ったのが今年のベイキャンプであった。そこから貪るように聴いた曲の一つがこの「セツナ」。

そして、そのPVで堂々振舞うのが廣田女史だ。特に、「魔女たちの季節」の部分の振り付けが超カワである。

もちろん冒頭のお米をつまむシーンも最高だ。一時停止した紳士諸君は遠慮をせずに挙手をしてほしい。私とがっちり握手しよう。

 

「セツナ」自体の歌詞やメロディも最高である。美しさがありあまる、曽我部ワールドが存分に堪能できるからだ。そして、絶妙にゆるくも不思議な振り付けのPVが、見るものを得も言われぬ感覚にさせる。少なくとも、これを見ている間、人々は平穏のさなかにいることであろう。

そんな、「聴く幸せ」に視覚的な幸せをプラスしてくれた廣田女史に、今日も私はリピート再生することで何度も出くわすことになるのである。

「あぁ、別に何回でも良いよ」の一言に甘えながら。

 

第1位 関織子(演 小林星蘭

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晴れての第1位に輝いたのは、「若おかみは小学生!」より関織子(以下、おっこ)。

恥ずかしながら、大の大人が二回行って二回泣きました。それくらい良かった。

良かった要素は多々あるが、なかでもラストのおっこの成長と小林星蘭ちゃんの成長とがリンクした瞬間が一番良かった。いや、もう良かったという形容詞では役不足である。感涙は約束されている、と言っても過言ではない感動が、そこには確かにあった。

 

以前にも書いたのだが、アニメシリーズを通して小林星蘭ちゃんが成長していくのがわかり、最後に待っていたのは劇場版という大舞台。さながらクライマックスシリーズである。

そして、見事におっこを演じぬいた彼女は、真の演者として私たちの前にその姿を現した。もうこんなの、激情版でクライがマックスなのである。

ぜひぜひのぜひにと、皆々様に強くお勧めできる映画が見られた喜び、そしてそれに見事に応えてくれたスタッフの皆様に感謝を申し上げたいということで、この拙ランキングを飾る1位として称えさせていただきたい。本当にありがとう。

 

ということで、今回のランキングは終わりである。

久々のタイピングということでキレがなかった部分も多々見られたが、フライングで私の信念明けましたということでお許しください。では皆様、良いお年を。

 

 

 

【短歌】初心者の私が感じる「歌会こわい」とは

以前、「歌会がこわい」という一言で、Twitterあるいはネット上が賑わったことがあったらしい。

それについて、いろいろと意見が飛び交ったようだ。ただ、その時はまだ、私は短歌には触れてすらもいなかった。

 

そして、時が経ってひょんなことから短歌を始めた私にも、ありがたいことに歌会に出る機会が出来た。

本当に質の高い、良い歌会に参加できたとは思うのだが、怖さがなかったかといえば嘘になる。

未だ正式な歌会には2回しか参加していない、ぺーぺーな私だからこそ感じた思いを、せっかくの機会であるから少し綴ろう。

 

シンプルな「怖さ」

では、具体的にどういった怖さを感じたのか?

まずは「レベルの違いから生まれる怖さ」が挙げられる。

それは、他者へ本能的に感じる強さへの恐れだと感じる。何より、出てくる短歌の質が高いのだ。それも、何がどう高いのかよく分からないけれど高いと感じる、得体のしれない感覚が私にはあった。

そして、その得体のしれないものに(初心者なりに)精一杯取り掛かる私をよそに、ベテランさん達がスラスラと評を述べていく。

 

冒頭で私は「怖さ」と述べたのだが、初心者なりに悔しさという感情も生じる。

高度な読み取り合いの力に、私はなすすべもなく置いていかれていくからだ。

「助詞がどう」とか、「他の歌で似た表現を見た」とか、短歌愛ゆえに出てくるガチンコのぶつかり合い。最早そこに初心者の居場所は無い。というよりも、「初心者」という居場所しか許されない錯覚に陥る。

また、自分の渾身の作品があっけなく粉砕されることにも正直怖さがある。初心者だからとかは関係なく、詠み手として絶対に凹んで帰ってくる歌会という存在は、楽しさよりも怖さが上回ってしまうのは当然なのかもしれない。

以上は、初心者だから仕方のないことだとはわかっている。

けれども、もちろん「短歌が好き」という気持ちに偽りはない。そんな好きな気持ちだけではどうしようもない次元の応酬と、好きだからこその悔しさを感じる場所にいるハイレベルな詠み人たちの存在は、慣れていない人に怖さを感じさせるには十分な力を持っているだろう。

 

感想を述べることへの「怖さ」

この項目は、私個人の色味が特に強いので他者に当てはまるかは怪しい。ただ、言いたいので言わせてほしい。

それは、「私は批評に一切興味がない」ということだ。なぜならば、私にとっての短歌とは、上手いとか下手とかではなく感動や感覚の共有をすることに喜びを感じるもの、であるからだ。

つまり、一見分からなくっても、分からないなりに作品にアプローチしていく難しさが楽しいし、好きな歌を見つければもうそれは最高、作者とハイタッチをしたくなる。

 

だからこそ、私は感想を述べることに怖さを感じる。そもそも、「歌会こわい」っていう発言が取り上げられ様々意見が飛び交うっていうことは、「主観的要素たっぷりの感想だけ言う人に辟易している人の存在」を暗に示していることだと感じたからだ。

研鑽に熱心な人によっては、「感想じゃなくて批評を言え」とか思う人もいるだろう。その気持ちは大変にわかるし、いたとしたら「ごめんなさい」としか言いようがない。

 

でも、私は批評は興味がないし、苦手であるし、他に優れた評人を何人も知った。

私は私にしかない感想を述べたい。一(永久初心者ライセンス持ち)歌人として。

「感想や良いと思った点を伝えたい気持ちしかないけど、それっていけないことなのかな?」という思いから、主観的な感想を述べるだけの自分に怖さを感じる。

けれども、私が参加した歌会で、直接私が何か言われたわけではなく、皆さん温かく迎え入れてくださったと思う。良い歌会だった。それは大変に幸運なことで、感謝の念しかない。

 

敷居の高さへの「怖さ」

「歌会は敷居が高いな」というのは、私が2回歌会に参加して感じたことだ。

そこには、短歌が好きな人が集まるが故の、見えない結界みたいなものがあると思う。初心者、そして一市民として歌会に参加した私にとっては、初めの方に触れた居場所に苦しんだという思いが強い。

他の歌人に多大な良い影響を受けて参加している人は、特に歌人の話がバンバン出してくる。私は分からないので口を挟めないで、じーっとニコニコするしかない。

それって、歌会としてすごく健全なことであると思う。ただ、だからこその「所在なさげ」な時間が怖い。

 

初心者のワガママをあえて載せてしまうのであれば、別に無知でも良いし、感想だけ述べるのも許して、まず詠草を持ってきただけで褒めてほしい。ベテランさんも短歌のあり方に自由さを認める、そんな歌会が良いなぁと。

けれども、そんな歌会だと締りがないのかもしれない。だから、ある程度の敷居の高さがあることで高いレベルや短歌の精神は保障されるのだ。そんな決まりがあるような気が初心者としてはする。

 

最後に

こんなに言いたい放題で良いのか?ってくらいには言いたいことしか散らかしていない。

けれど、私が思っていたことは述べられたような、まだモヤモヤしているような・・・・、そんな感じだ。

とにかく、最後に述べたいことは「歌会は自由であってほしい」ということだ。それは、質の高さも低さのデコボコをすべて寛容に認め、日本語としての成立や不成立を楽しみ、それを前提に詠草の数々を認めていく、あるいはそうでないかっちり歌会も全然無くならないでほしい。ただし、他者の短歌の在り方には口出ししないで下さると嬉しい。短歌の形は個人にこそ帰するのであるから。

 

凹んだ心もだんだんと癒えてきて、また歌会行こうかなという気持ちにはなってきた。

この「歌会こわい」話は誰かと共有できれば良いなぁとも思いつつ、刃を研ぐことにしよう。

 

 

 

 

【音楽】BAYCAMP2018に行ってきました

一週間前のちょうど今日。

私は、東扇島という人工島を目指してえっちらおっちら移動をしていた。

それは、人生初のBAYCAMPに参加するために。

 

例年であればサマソニへと向かっていたのだが、今年のラインナップが心に響かず。

DAOKOはちょっと見たかったけれど、彼女のためだけに2万円近く払ってしまうと、今後の金銭感覚が崩壊するのではないかという不安感から、今年は神奈川に落ち着いた。

事前に、いつもフェスにお供してくれる親しい友人と出演アーティストのおすすめソングを交換し合うという微笑ましい儀式を済ませ、ウキのルンで堂々の会場入り。

身分証提示列へと爆音で響くFIELD GARAGEの音楽が、私だけでなく他者の心までを臨戦態勢にさせてくれたことは想像に難くない。ゲートをくぐり、いざ開幕である。

 

開幕アクトは、フレデリック

というよりも、2人とも「オドループ聴ければいいっす」というテキトーぶりを発揮したが故の傾聴であった。

やはり、定番どころということで特に若者が大挙していた感じであった。そして、私たちの到着とほぼ同時にあのお馴染みのイントロが。アガったことは言うまでもない。

 

オドループを堪能したところで、さっさと帰った私たちは暇になってしまった。

次は16時台のNakamura Emi目当てだったので、1時間くらい原っぱでのんびりとして時間を潰す。

やっとこさ時間になったところで移動。第2アクトに備える。

始まった当初、友人は正直あまり期待してなかったというが、彼女のわかりやすくガツンと来る歌詞とパワフルな歌唱に、想像以上に驚きを覚えたという。格好良いもんね。

サマソニ以来だった彼女のライブであったが、相も変わらずの最高っぷり。盛り上げるところは盛り上げつつ、終始ちゃんと聴かせてくれる歌声がたまらない。

個人的にNakamura Emiは、性別や細かいところは違えど竹原ピストルタイプだと感じているのだが、途中のMCで彼のライブに感銘を受けたと言っていて、「ほら!共通点あったでしょ!!」と勝手にめちゃ盛り上がってしまった。また聴きたいものである。

 

その後は17時からWiennersを。

サウンドチェックからブッ飛ばしてきて予感はしていたが、始まってみると案の定ダイブにモッシュにお祭り騒ぎ。

私はかろうじて友人に勧めてもらっていたので、恋のバングラビートが来ると爆盛り上がり。ダイブ者が前列に押し出されるのをチョン・テセ似のエース格お兄さんが受け止める映像を目の当たりにしながら、大いに騒いだ。

友人曰く、「初見殺し」というパフォーマンスであったが、私はサイドバックを堅守していたため非常に平和でエキサイティングに楽しめた。これから来てほしいバンドの一つだ。

 

18時台からはレイザーラモンRGのあるあるライブ。

個人的には奴さんとの「目を閉じておいでよ」が見たくはあったが、そこは流石のRGで、紅にのせて川崎あるあるを熱唱すると大盛り上がり。

なんというか、「RGのあるある生で聴いた」という体験だけで非常に貴重であったと思うのだが、絶妙に歌が上手いのも最高ポイントの一つであった。

「20時から物販に来てくれ!全員にあるある歌ってやるよ!」という啖呵を切ると、会場のボルテージは異様なほどに盛り上がった。最高じゃんかよ。

 

この時点で19時くらいだったが、二人とも23時の竹原ピストル待機だったために、めちゃめちゃ暇に。

バンアパを聴きながら喋りつつご飯にするという、キング・オブ・贅沢な時間を過ごしつつ、23時までなんとか潰れていざ本格始動。

竹原ピストルは最前で見られたのだが、小気味よい人柄の良さをうかがわせるMCと全力投球の歌唱。そして彼の全力でぶつかってくる姿勢に、聴衆も身構えて聞き入るという、ある種ボクシング的な最高のライブ。

サウンドチェックの「浅草キッド」から只者ではない予感がビンビンであったが、まさにその通り。あっという間に全てを聴き終えると、あったかいみそ汁を飲み干した後のように、心がじんわりとほの温かくなっていた。

 

そんなこんなで日付変更線も近づく23時45分。

少し仮眠を取ろうと芝生に寝転んだとき、今宵のラスボス泉谷しげるが登場した。

春夏秋冬しか知らなかったが、めちゃめちゃに格好良い。

伊達に長くはやっていない。MCで全方位に悪態をつきながらギターを掻き鳴らす。30回の腕立てを披露したと思えば、下に降り立ち水を客にぶっかけながら写真撮影タイムを開始するという豪快っぷり。

正直、当初はターゲット層が分からなかったのだが、このパフォーマンスには脱帽である。こんなに自由闊達なアーティストはこの日いなかったのではなかろうか。

 

後を受けたCreepy Nuts泉谷しげるに敬意を示していた。インパクトあったもんね。

フリースタイルラップの旗手として最前線で戦い続ける、彼らのパフォーマンスは充実の一時で、短歌をやり始めた私としても非常に興味深かった。

特に、お馴染み「聖徳太子ラップ」は流石の一言。個人的には時事ネタを期待したが、聴衆から吉澤ひとみの名が飛ぶことはなかった・・・・。

そして、やはり若者の反応がすこぶる良い。それだけ、フリースタイルダンジョンがこの世に与えた衝撃は大きかったんだなぁと改めて感じるに至った。良いアクトだった。

 

その後、夜の本気ダンスをがっつり聴いた後、友人のお気に入りクリトリック・リスを待つついでにimaiを聴く。

「フェスでこの打ち込みの感じ、どう盛り上がるんだろう」とは思ったが、サルゲッチュのBGMが好きな私としては、非常に聴きごたえのあるドラムンベースであった。

ゲーム音楽っぽさも感じさせる可愛さも併せ持ちつつ、電子音楽の疾走感を体現していて実に良い楽曲群であったと思う。

 

そして、お待ちかねクリトリック・リス登場。噂は聞いていたが見るのは初めてだ。

なんだろう、この感じは・・・?と思い、出した答えがザコシであった。打ち込みの音が何とも言えない哀愁、あるいはお茶目さを醸し出しており、股間に仕込んだ装置と相まって唯一無二の空間を生み出していた。ちゃんとハゲって叫んできました。

 

「クリトリック・リスに全部を使う必要はない」という友人の名言が飛び出し、Awesome City Clubへと急ぐ。

最後の最後になんとか追いつき、「今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる」は聴けた。これが聴きたかったのだ。

事前に友人に勧められMVをめちゃめちゃ見た為、ダンスを覚えてしまったこの哀れな私は、ライブ中ずっとサビの部分でそのダンスを踊っていましたとさ。楽しかったので良し。

 

そして、今回のお目当て、サニーデイ・サービスが登場する。時間は4時を回って15分。

サニーデイになると、今までいた多くの若者たちが別会場へ流れていく。DJダイノジ目あてだろうとは友人の弁。

そうして、本当に音楽が好きな人々と一緒に最高の夜明けを迎えるべく、彼らの演奏を聴いた。

あの声が、楽曲が、目の前にあるというだけで身体の疲れはすっ飛んでいく。

友人は聴き入っている風に寝ている。それもまた最高の贅沢であろうと感じる。

静の中に動があり、美麗な歌詞が紡がれていく様は最高であり、そしてとうとう夜明けを迎える。最高の朝日がそこにはあった。

アンコール。もちろん、「青春狂走曲」だった。今までの思いが溢れ、自然に曽我部さんと一緒に歌いだす。それは、私たちの夜明けであり、時間であった。

 

終わった。

あとは帰るだけだが、とっても楽しい時間だった。大正解だった。

そんな私たちを、日曜日の朝日が静かに見送る。遠方では「黒柳さぁ~ん!!!!!」が聞こえる。最高だった。そこにはもう、最高さとその抜け殻とが確かにあった。

 

以上である。

この経験をしてしまったら、きっと来年も行くのだろうなとは思う。

サマソニとの平行になったらなったで、それも幸せの形かもしれない。

友人よ、そしてすべてのBAYCAMP出演者の皆さん、ありがとう。

【短歌】人生初の歌会に参加してきました

さてさて、前回の記事にて参加すると申し上げた歌会に、例のごとく参上してきた。

その日は丁度、新潮社の夏祭りと知る人ぞ知る「Mr.ドーナツ伝説咳曉夫THE MOVIE」もあったので、全く以って盛りだくさんの内容であった。

まずは新潮社の夏祭り。ホシヅルマグカップ、蟹工船Tシャツ、森見登美彦の京都手ぬぐいを購入し、ホクホク顔で会場を後にした。欲を言えば中瀬編集長のご尊顔を拝見したかったが、泣く泣くの退散。かき氷美味しかったから良いや。

 

そして時間は15時の新宿。「歌会って、どんなひとが来るのだろう」という純粋な疑問に、崩れたメガネびいき風お兄ちゃんがまずは一人門をくぐる。

先客は4人で、いずれも普通の人たちであった。貴族風の人は一人もいない。平民の私は少し安堵する。

そして、始まるまで隣の人と他愛無い会話をすることもないくらい、プロ初登板を迎えた新人のように緊張しながら開始を待つ。命は取られないが参加費は取られるのだ。しっかりしろ、私よ。

 

後から残りの人が到着し、満座となっての歌会開始。

提出された短歌の載った紙(詠草)を見ながら、それぞれが1句1句評という名の解釈をしていく。

しかしながら、私の想像していたよりもはるかに詳細に、そして自由闊達な解釈や批評が空間を飛び交っていく。即興で生み出される言葉の数々は、さながら杉本清の名実況のごとく、私の耳に入って来て脳内を揺らす。

ここまでくると、私も連鎖反応で思ってることないことが口から溢れ出てくる。楽しい。けれど、同時にどこまでが本意として捉えきれているのか分からなくなってくる。完全即興の一人芝居で、脚本を口に出して言っているような不思議なふわふわした感覚がそこにはあった。

 

肝心の私の提出した短歌はというと、残念ながら力不足というか誰に刺さることもなく、力尽きどこかへと流れて行ってしまった。悔しい。

正直、地方代表校が甲子園で都会の強豪に蹂躙されたかのような、そんな完敗であった。はなから勝負にはなっていなかった。もちろん、勝負に例えればの話だけれど。

 

評の後、選があり1句その日のMVPが選ばれ、少しのんびりお喋りをしてから解散した。

いや~、参加者の方々とお話ししたけれど、やはりエンタメに対しての造詣が深い。

そこは美意識なのかもしれないけれど、引き出しから取り出して提示するセンスが皆さん磨かれていたイメージ。私なんか、一番好きな映画「タワーリング・インフェルノ」の説明を「ポール・ニューマンスティーブ・マックイーンが火を消す映画です」としか出来なかったヘタレである。間違ってはいないが大間違いだろ。

 

そんなこんなで、皆さんに色々ご指導いただきつつ、おすすめ歌人も沢山教えていただいたので、早速色々資料を用意して鋭意勉強中だ。

これからも楽しく自分らしく短歌を作っていければと思うが、自分なりに考えて成長が出来ればとも切に感じる。

 

ちなみに、咳曉夫の集会はというと、映画だけに飽き足らずついにAI作成までしてて最高に笑えるものだった。私も咳曉夫もどこへ向かうのだろうか、楽しみで仕方がない。