突然だが、「あなたの夢はなんですか?」。
マルチではない。こちとら三十路のシングルである。
社会に出て働きだすと、だんだんと夢を追う機会が減ってくるように思える。
日々の会話も仕事中心になり、家庭を持てば自分以外に気を回すようになる。
だが、人生一度きりであるから、夢はできればささやかでも持っていた方が良いと思う。それがあなたを支え、生きる原動力になるからである。
そんな私にも夢がある。
大きいものでいうと、今作っている短歌の歌集を商業出版することだ。それで小銭を稼ぎながら普段は会社勤めをし、たまにイベントに出たりなにか文章を書けると嬉しい。
私は普段はプロ野球短歌を作っており、どれもとても面白い仕上がりになっている。
創作性で言うと、「シーズン40本塁打70盗塁を達成したアクーニャjr.」のような、凄すぎてある種の変態性を帯びたアク強いーニャjr.のような感じである。(アク強いーニャに初代がいるのか……)
とはいえ、それもいつ成就するかはわからない。
カーリングのように、ショット時のBプランやCプランもあるに越したことはないのである。
それでいうと、ディナーショーをやるというのもささやかな夢である。
私は歌がちょっとだけ上手いので、人に連れて行ってもらった溝の口と錦糸町のガールズバーにて歌が上手すぎてその場を黙らせたことがある実績を持つ。
おしゃべりとお酒を楽しむ場なのに、それを楽しむお客様やキャストさんを歌で黙らせてしまうのは、もはやめちゃくちゃ怖い怪談のたぐいなのでは?とも思うのだが、ディナーショー開催も憧れの一つである。
最近だと、芸能人と会社員などの二足の草鞋も珍しくない。保険をかけるのも非常に重要なのである。
例えば、「甲子園に絶対出る」という夢だけ持っている球児が、最後のチャンス、夏予選の1回戦で大敗するとしよう。立ち直るのに時間がかかるのは想像に難くない。
でも、そんな彼がほかの夢も持っていたのなら、きっと少しは立ち直りが早いはずなのだ。
もちろん夢は叶えて終わりではなく、未来に続いていく道へのチケットなのである。
もう一つ例えを出すと、ここでの夢で「マイホームを買う」とか「ホワイト企業に就職する」とかは寂しいのでやめてほしい。
なぜなら、そういう夢の設計の場合、成就した先の展望までを見通していないためである。こういう夢を持つ人が、本やゲームや映画を積んだりする(ド偏見)。マイホームを買った後、あるいはホワイト企業に就職した後の方が長いので、それらが自分の人生にどういう影響を与えるかの方が重要になる。
だいたい、夢なんか叶えてしまっても「なんだこんなもんか」となるか、「意外に叶えてもしんどいな」となるのが多いと思う。それよりも、そこまでの過程で自分が何をしてきたか、そしてそこから自分が何をしていくか、の方が人生に与える影響は大きい。
冒頭に鳥肌実ばりのマルチつかみをかまさせていただいたが、マルチは他者との信頼関係を破綻させるし、同窓会でめちゃくちゃ煙たがられる。なぜなら、いつ完全に足を洗ったかが他者からは判断のしようがないからである。触れづらい話題でもあるので、おそらく同窓会を超早退に追い込まれるであろう。
私はその風貌から年上に見られることが多く、やっと年齢に風貌が追いつき始めている。つまり、ある程度年を取っても顔が変わっていないのを逆手にして、同窓会でめちゃくちゃモテたいと思っている。
お金のない若者よ、マルチを捨てよ夢を持とう。
夢が君を生きながらえさせ、大人にするのである。
そうして大人になったとき、語り合える場をみすみす手放さないでほしい。なぜならそこには、めちゃくちゃモテている私がいることになっているのだから……。